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日光東照宮(にっこうとうしょうぐう) 栃木県日光市山内

日光東照宮(にっこうとうしょうぐう)
栃木県日光市山内2301
0288-54-0560
http://www.toshogu-koyoen.com/toshogu/
徳川家康公(東照大権現)
豊臣秀吉公・源頼朝公
家内安全・商売繁昌・健康長寿・出世開運

日光は、天応2年(782)男体山に、勝道上人が頂上に神・麓に本宮を祀り四本龍寺を建てたのが開山の始まりと伝えられ、奈良朝の頃より山岳崇拝の霊場(山紫水明神仏混合)として、源頼朝の鎌倉幕府開府後は地方文化の中心として、関東武士の崇敬を集め、栄えたといわれている。
元和3年 (1617)徳川2代将軍・秀忠が、東照社(とうしょうしゃ)として創建し、正保2年(1645)後水尾天皇より神号が贈られ、東照宮に改称したといわれる。
祭神は江戸幕府初代将軍・徳川家康(東照大権現)で源頼朝と豊臣秀吉を配祀する。
家康は天文11年(1542)12月26日、三河国(愛知)岡崎城で生まれ、元和2年(1616)4月17日、駿河城(静岡)に於いて死去。「我亡からん後は、先づ駿河の久能山に葬り、一周忌を経て後大織冠の例を追うて日光山に移せ、神霊ここに留って永く国家を擁護し、子孫を守るべし」という。
遺言により駿河(静岡)・久能山(久能山東照宮)に埋葬し、翌年の元和3年(1616)天台宗僧・天海によって現在地に改葬され、東照大権現として奉祀されたといわれる。
伊勢神宮や大社が20年毎につくりかえられるのにならい、寛永11年(1634)3代将軍・家光により社殿が建て替えられ、寛永13年4月に完成したといわれている。(寛永の大造営)
総工費はすべて幕府の支出といわれ、寛永の御造営目録(工事精算報告書)に は、金568¸000両・銀100貫目・米1000石・金箔2¸485¸500枚・材木140¸076
本・人工4¸533¸648人と書かれていている。その後、元禄の大修繕を経て、今日の社殿群になったと伝えられている。
また多数の境内建造物・彫刻が国宝や重要文化財に指定され、(国宝8:重文34)境内は権現造で、入母屋造(いりもやづくり)の本殿・石の間・拝殿・正面、背面唐門・東西透塀・東西回廊・陽明門の8棟は国宝に指定され、(国宝8:重文34)特に、東照大権現の額があることから「勅額門」、見飽きないことから「日暮門」と呼ばれる陽明門(京都御所12門の東正門の名称)は、日本初の人物彫刻がある建造物といわれ、中国の子供遊戯姿や賢人・聖人などの故事が彫ってあり、また美術監修を担当したといわれる幕府御用絵師の狩野探幽(かのうたんゆう)作の昇龍、降龍、天女等の彩画も描かれている。
社殿を飾る霊獣・鳥獣の彫刻・絵画では、回廊の長押にある花鳥動物302の彫刻の一つで、神社仏閣の装飾に使われるのは珍しいといわれる「眠猫」(左甚五郎作:重要文化財)や神馬のいる厩屋に馬の病気を守る目的で作られた八面の彫刻の一つで、「見ざる、言わざる、聞かざる」と言われ、人間の生涯を風刺したといわれる「三猿」(重要文化財)が有名である。 社宝(宝物館に展示)では、銘助真・国宗の2刀(国宝)で延喜絵巻、家康の具足・刀剣(重要文化財)がしられ、37kmにおよぶ参道・約15¸000本の杉は、特別史跡・特別天然記念物に指定されている。

東照宮と改称した翌年の正保3年(1645)の例祭から、朝廷の奉幣(日光例幣使)が慣例となり、奉幣があったのは伊勢神宮と東照宮の2宮だけであったといわれている。
山王一実神道(天台宗・天海が法華経の思想にもとづき、国家鎮護のために編み出した、従来からの神道に外来宗教である仏教が習合する神仏融合の考え)の理念により建てられているため、神社と仏教建築が混在している独特の建築様式で全国東照宮の総本山として「日光を見なければ結構と言うなかれ」といわれ、将軍や朝廷から勅使、諸大名の参拝はもとより、朝鮮や琉球使節も参拝したと伝えられている。
春季例大祭(5月17日)には流鏑馬(ヤブサメ)奉納があり、秋季大祭(10月 17日)。
春季例大祭後に行われる渡御祭(百物揃千人行列)は日光・今市両市の氏子1200余名によって行われ、秀忠将軍当時の様式が伝えられる祭りとして、多くの参拝客でにぎわう。1999年(平成11年)には、ユネスコの世界遺産に登録された。
家康の征夷大将軍在位期間は約2年間であったことは有名で、一説によると、家康は日光に一度も来たことがないといわれているが定かではない。
また、庶民は陽明門、武士は唐門までの参拝で、霊廟奥社は将軍しか入れなかったと言われている。

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